雨の日の憂鬱

プロローグ

ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
梅雨の為、ここ数日雨が降り続いている。
「困りますね、毎日雨ばっかりで。洗濯ものがきちんと乾かないですわ」
シャオが窓の外を見て呟く。
「まぁ、この季節はしょうがないよ。それに、この雨が降らないと夏に水不足になって困る訳だしさ」
「蒸し暑い.......................シャオ殿、冷房を入れぬか?」
キリュウがぐたっとした様子で言う。
「あんた、ほんとにこういうのに弱いわねぇ..........ま、あたしもこういう蒸すのは嫌いだけど」
そう言ってルーアンが冷房をいれる。
「温度は.............これぐらいでいいわね」
「あんまり下げすぎるなよ、ルーアン。ただでさえ電気代が高いんだから」
家族が一気に増え、消費電力が跳上がっているのである。
「それに、冷たい風に当りすぎると体調を崩してしまいますしね」
そうそうと頷く太助。
「それにしても、雨ばっかりで嫌になっちゃうわね...........早くやまないかしら?」
「ルーアンは、雨嫌いなのか?」
太助がお茶をすすりながら聞く。
「そうね、あんまり好きじゃないわね。じめじめするし、外に出られないし。何より...........太陽が隠れちゃうもの」
なるほど、とみんなが納得する。
太助の問いに答えた後、再び窓の外を見るルーアン。
(それに...........雨の日はちょっぴり嫌な事を思い出しちゃうから.........)
雨を見ながらルーアンは遠い昔の事を思い出す。自分が雨を嫌いになった、あの出来事を。


幸福を呼ぶ御守り

ガラガラガラッ!!
「おかえり!高徳とうちゃん!!」
「ああ、ただいま。高麗、いい子にしてたか?」
雨の中を帰って来た為、脱いだ雨具から水が滴り玄関の土を濡らす。
「うん、いい子にしてたよ。ちゃんと留守番出来たもん」
高麗と呼ばれた、5、6歳くらいの男の子が元気良く答える。
「そうか、偉いな。じゃ、ごほうびをやろう」
そう言って高徳は懐から紙に包まれたあるものを高麗に渡す。
「何々?あけてもいい?」
「ああ、いいぞ。開けてごらん」
父親の言葉にわくわくしながら包みを開ける高麗。
「何これ?筒?」
中から出てきた黒い筒を見て高麗が不思議そうな顔をする。
「それはな、心の清い者に幸福をもたらすっていう御守りだ。高麗ならきっと幸せをもたらして貰えると思うぞ?」
「へー、そうなんだぁ?」
そう言って高麗は筒をくるくると回してみたりした後、筒越しに父親の顔を見ようと中を覗き込む。
「父ちゃんの顔が.........見えない!?」
そう、高麗が筒を覗き込むとそこには太陽のようなものが輝き、こちらの方に迫って来ていた。そして、筒全体が輝きはじめる。
「わぁぁぁぁぁぁ!?」
慌てて筒を放り投げて父親の方に逃げる高麗。
「な、なんだ!?」
高麗をぎゅっとかばうように抱きしめる高徳。
ピカァァァァァァァァ!!ポンッ!!
「はぁーい、お呼びになりましたぁ?あなたが今度の主様..........って、あたしを呼び出したのはどっち?」
高徳が高麗を抱きしめている為、どちらが自分を呼び出したのか分からず困るルーアン
「お..............」
ルーアンを見て高麗がびっくりしたような顔をする。
「お........?ああ、俺だって言いたいのね?じゃあ、あなたがあたしの主様?」
高麗に向かって言うルーアンだったが、何か様子が変なのに気付く。
「な、何よ?」
「お.......お母さん!!」
そう言って父親の腕から飛び出してルーアンに抱き着く高麗。
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
思いっきり困惑するルーアンにしがみつくように抱き着いて泣き出す高麗。
「お母さん!会いたかったよぉぉぉぉぉ!!」
「ちょ、こら!誰がお母さんなのよ!ちょっとあんた!!見てないでどうにかしなさいよ!!」
主だったら困るので乱暴に振りほどく訳にもいかず、高徳に助けを求めるルーアン。
「美麗..................?」
しかし、その高徳も唖然としたようにルーアンを見つめていた。
結局、ルーアンは高麗が泣き疲れて眠るまで解放してもらえなかった。
高麗がしっかりとルーアンの服を掴んでいた為、完全に解放された訳ではなかったが。
「なんか..........出てきて早々疲れたわ..............」


母親

「なるほど...............つまりあなたはこの黒天筒から心清い者に呼び出されて、主幸せを授けるのが役目って事なんですね?ルーアンさん」
自己紹介をすませ、ふぅっと軽くため息を吐きながら納得する高徳。
「そういう事。でも、何で高麗様はあたしの事をお母さんなんて言ったのかしら?それに会いたかったって?」
ルーアンの言葉に辛そうな顔をする高麗。
「あ............何か悪いこと言ったかしら?」
少しあせるルーアンに首を振る高徳。
「いいえ、そうではありません。実は.........高麗の母、つまり私の妻の美麗は半年程前に流行り病でこの世を去っているのです。それなのに高麗は、まだまだ親に甘えたい年頃なのに妻が死んで悲しむ私に心配をかけまいと.........いつも元気に振る舞って.........ううっ」
「ちょ、ちょっと、高徳様」
いきなり泣き出した高徳に慌てるルーアン。
「ああ、すみません。それで、ですね。ルーアンさん、あなたはその死んだ妻、美麗にそっくりなんです、髪型以外は」
「ええええええええ!?高麗様のお母様とあたしがそっくり!?」
驚いて思わず大声を出すルーアン。
「はい。美麗はルーアンさんのように美人で、気立てが良くて優しくて料理が上手で、周りから私にはもったいないぐらいだと言われる程、素晴らしい女性でした」
「名は体を表す、を地で行くような人だった訳ね。でも、あたしは料理出来ないわよ」
ルーアンの言葉に苦笑する高徳。
「正直な方なんですね。ルーアンさんと妻は別人なのですから.........でも、まだ幼いこの子には、死んだ母が帰って来たと思えたのでしょうね」
未だルーアンの服を放さず、しがみついたままで寝ている高麗を優しい目で見る高徳。
「あの..............高麗様はお母様が死んだ事は........?」
「知ってます。何せ二人で美麗の最後を看取った訳ですから」
「そ、そうですか」
少し気まずくなるルーアン。辛いことを思い出させてしまったと後悔しているのである
「高麗様、まだこんなに小さいのにご立派なんですね...........」
そう言ってルーアンは優しく高麗の頭を撫でる。
「お.....かあ.....さん」
夢で母親と会っているのか、嬉しそうな顔をする高麗。
ルーアンはそんな高麗を優しく見つめていた。
「...............美麗」
「えっ?」
その様子を見ていた高徳が思わず呟いた言葉にルーアンが反応する。
「あ、すみません。ルーアンさんの今の表情が、死んだ美麗にそっくりだったものですから................」
「そんなに、似てるの?」
ルーアンが高麗の頭を撫でながら聞く。
「はい。夫だった私が間違えてしまいそうになるぐらい.........」
「じゃ、決まりね。高麗様の幸せが何か」
ルーアンが穏やかに微笑みながら言う。
「高麗の、幸せ?」
「そう、高麗様の幸せは...........あたしが母親代りをつとめる事。そんなにそっくりなら、あたしがその美麗さんの代りに母親をつとめて見せますわ」
堅い決意を瞳に浮かべ、ルーアンが言う。
「ルーアンさん.......ありがとうございます。何とお礼を言ったら良いか.......」
「いいのよ、高徳様。あたしは慶幸日天。主様に幸せを授けるのが役目なのだから」
安らいだ顔で眠る高麗を少し愛しげに撫でながら言うルーアン。
自分を母と間違え、完全に無防備な寝顔を見せる高麗を見ていると、自分でも不思議になるぐらい高麗が愛しく感じられるのである。それは、もしかすると死んだ高麗の母、美麗がそうさせているのかも知れなかった。
「でも、母親代りをつとめると言っても、高徳様の妻になる訳じゃありませんからね」
「それは、重々承知しておいります」
「ぷっ」
やけに神妙な顔で言う高徳がおかしくて、ルーアンは思わず吹いてしまった。
「なんですか、いきなり.......」
だが、そう言う高徳もつい笑顔になり、二人はしばらく笑っていた。
高麗を起こさぬよう、声をこもらせたため、かなり苦しそうだったが。


新生活

ルーアンが高麗の母をつとめ始めてはや数ヵ月が経っていた。
最初は炊事、掃除洗濯から覚えねばならず、悪戦苦闘の毎日(高麗の方がよっぽど上手だったぐらいである)だったが、それなりにこなせるようになってきたある日の事、ルーアンは高麗に連れられて村外れの少し高台になっている所に来ていた。
高麗には自分が慶幸日天である事、陽天心という物に命を吹き込む術が使えるということを全て話していたが、それでも高麗はルーアンを実の母のように慕っていて、ルーアンもまた、高麗を可愛がっていた。
「母さん、こっちこっち!!」
「あ、こらっ!!引っ張るんじゃないの。で、どうしたの?高麗」
ルーアンが主である高麗を呼び捨てにしているのは、母親代りをつとめている為、高麗を様づけで呼ぶわけにはいかず、高麗と高徳もそう望んだからである。
「ここ」
そう言って高麗が立ち止まったのは、小さな墓の前だった。
「このお墓は.......?」
「前のお母さんのお墓。ルー母さんにも教えておきたくって」
高麗は前の母親の話をするときだけ、ルーアンをルー母さんと呼ぶのである。
ズキッ!
ルーアンの胸に言い様のない痛みが走る。
「そ、そう。ありがとう、高麗。じゃ、前のお母さんのお墓、綺麗にしましょうね」
「うん!!」
そう言って二人は墓の掃除を始める。
しかし、掃除中ルーアンは先ほどの胸の痛みの訳を考えていた。
(なんで........?どうしてさっき、あんなに胸が痛くなったのかしら?)
「どうしたの?母さん」
「え?ううん、何でも無いのよ。さ、綺麗になった事だし帰りましょうか?」
美麗の墓に向かって手を合わせ、少ししてから帰路につく二人。
「ね、高麗。どうしてあたしを前のお母さんのお墓に連れてきたの?」
「えっとね、今日は前の母さんの命日だったんだ。それで、お参りするのとルー母さんの紹介をしようと思って。本当はお父さんも一緒に来て欲しかったんだけど、お仕事が忙しいから、仕方ないよね」
屈託無く笑う高麗を優しく撫でながら言うルーアン。
「そう..............そうだったの。偉いわね、高麗。きちんと前のお母さんの命日覚えてて、お墓参りまでするなんて」
「うんっ」
誉められて嬉しそうに高麗が言う。
いくら仕事が忙しいとはいえ、死んだ母の命日にお参りしない父親をなじりもしない高麗をルーアンは本当に偉いと思っていた。しかし、ルーアンも高徳が忙しい訳を知っていた為、彼をなじる事は出来なかった。高徳は自分が増えて、生活費を前よりも稼がなくてはならない為に色々な仕事をしているのだから。
(あたしが陽天心で何か手伝えればいいんだけれど........それをすると村にいられなくなってしまうから..........)
閉鎖的な社会、美麗にそっくりとはいえ、いや、そっくりだからこそ逆に、と言うべきか、余所者のルーアンが村人に受け入れて貰うには多少の時間を要したのである。そこで陽天心など使おうものなら、妖怪。妖術使いと恐れられ高麗達ともども村を追い出さ
れるのは目に見えているのである。
「ね、高麗。今日は何が食べたい?」
「んー.............何でもいいよ。僕、好き嫌いほとんどないし」
ルーアンの料理はお世辞にもおいしいとは言えない(当初ははっきり言って食べれるようなものが出来なかった)が、それでも高麗は文句も言わずに食べていたのである。
「ふーん?じゃ、ピーマンを山盛り食べて貰おうかしら?」
「えーっ!?」
「うふふ、冗談よ、冗談」
高麗はピーマンだけは駄目なのである。
「もう、母さんの意地悪」
「怒らない、怒らない。お詫びに今日は高麗の好きな物、作るから」
「ほんと!?やったぁ!!」
泣いたカラスがもう笑った。そう思ってルーアンはくすっと笑っていた。


別離

そんなこんなでルーアンは高麗の母親をどうにかつとめていた。そしてそれはとても不思議な時間だった。毎日不馴れな事をしているというのに辛いどころか逆に楽しいくらいで、ルーアンはそれなりに満ち足りた生活をしていた。
それはきっと、ルーアンが自分は精霊だからと諦めていた、普通の生活だったからかも知れない。
そう、彼女もまた精霊。永遠の時の流れの中で生き続ける者なのだから。
心のどこかでこういった、忙しいながらもやすらぎに満ちた生活をしたかったのかも知れない。
そして、ルーアンが高麗の母をつとめるようになって5年の月日が流れていた。
しかし、この幸せは長く続かなかった...........................

それはある雨の日、雨が屋根を打つ音がうるさいぐらい激しく降っていた日だった。
「ルーアン、高麗。ちょっと話があるんだが........」
長く一緒に住んでいたので、高徳はルーアンを呼び捨てで呼ぶようになっていた。
もっとも、それだけが理由なのではないのだが。
「どうしたの、高徳?改まって」
「何?父さん」
二人は高徳の前に座りながら言う。
「実は.................父さん達が住んでいるこの村が属している国が、隣国と戦争を始めるらしいんだ。それで、父さん達村人が兵隊に取られる事になったんだ」
「「ええええええええええええええええええ!!??」」
二人が同時に悲鳴をあげる。
「兵士になれば、生活には困らない金を貰えるし、功績をたてて取りたてて貰えれば二人にもっと楽な生活をさせる事も出来る。だから、父さんは兵士になることに決めたんだ」
「高徳!!駄目よ、そんなの。いくら生活に困らないお金を貰えたって、あなたと離れ離れになるんでしょ?それに、戦で死んじゃったら元も子もないのよ!?」
ルーアンの叫びに高麗も頷く。
「そうだよ、父さん!僕、とうさんと 離れ離れになるの嫌だよ!!」
「ルーアン、高麗.............分かってくれ.............」
苦しそうに言う高徳。そこでハッと気付くルーアン。
「もしかして................断れないの?」
「えっ!?どういう事?」
高徳が辛そうにうつむく。
「やっぱり.........村の男のほとんどが兵にとられる事になってるのね?」
「...................」
「ね、どういう事なの?」
高麗がルーアンに聞く。
「つまり、村にいる兵士にとれそうな男を全員兵にとろうって事なのよ。一人でも多く兵を集める為にね。きっと、嫌だって言って逃げたら、反逆罪か何かで見せしめに処刑される。ううん、下手をすれば連帯責任で村人全員が処刑されてしまうかも知れない。
なら、いっそお金を貰って兵にとられた方がまだまし、そういう事なのね?」
「そうだ................」
高徳が声を絞り出すように答える。
「そんな!?どうして?どうしてそんな酷いことするの!?」
「高麗、それが戦争っていうものなの。そしてこの国の王は勝つためには手段を選ばない、そんなやり方をする奴なのよ」
ルーアンは悔しそうな顔をする。
自分達だけなら逃げ切って見せる自身はある。しかし、それでは村人達が皆殺しにあう可能性がある。それにここは高麗の本当の母の眠る土地、出来ればそこを離れるような事はしたくなかった。
「だから、高麗、ルーアン。父さんが兵士になる事を許してくれ........」
「やだ!やだやだやだやだ!!父さん、行っちゃやだ!!」
「高麗!!我が儘言うんじゃないの!!」
泣きじゃくる高麗を一喝したのは、なんとルーアンだった。
「母さん........じゃ、母さんはいいの!?父さんが兵隊にとられてもいいの!?」
「いい訳、ないじゃない..............あたしだって、高徳と離れたくない。兵にとられて、戦になんか行って欲しくない。でも、でもそうしないと、あなたもこの村の人もみんなが殺されちゃうかも知れないのよ?高麗は、それでもいいの?」
目に涙を浮かべて言うルーアン。
彼女は悔しかった。主に幸せをもたらすのが自分の使命。なのに、高麗に悲しい想い、辛い想いをさせている。陽天心を駆使して戦えば渡り帰るかも知れない。しかし、戦った事すらない農民数十人と、訓練されきちんと統率された兵数千人(近隣の村々の住人を集めればこれぐらいは集まる)とでは戦の結果は火を見るよりも明らかだった。
そして、何よりも高徳の決意を覆す事が出来ない自分が、悔しかった。
「ルーアン.................」
「高徳、一つだけ約束して。絶対、絶対に帰って来るって。私と高麗を残して、逝ったりしないって」
そう、ルーアンは五年の月日の流れの中、実直で真面目、そして何よりも家族想いで優しい高徳の人柄に惹かれていったのである。主以外の人間に心惹かれるなんて、慶幸日天失格ね。そう言いながらルーアンは高徳に自分の気持ちを打ち明け、高徳もまたルーアンの想いを受け入れたのである。
そしてその時から、二人は本当の夫婦のように過ごしていた。
「分かってる。必ず、絶対に帰って来る。お前たち二人の所へ、必ず」
「絶対だよ?絶対、帰ってきてよ?」
泣きやんだ高麗が念を押すように言う。
利発な為、高徳が兵隊にとられる事を断れない理由を理解したのである。
「絶対、だ。だから高麗。父さんが帰ってくるまで、母さんの事を頼んだぞ?」
「うん!」
「いい子だ.................」
そう言って高麗を抱きしめる高徳。自分がこの子を抱きしめれるのは、もしかしたらこれで最後かも知れないと思いながら..............

そして出発の時が来た。その日は朝から強い雨が降っていた。
「じゃ、行ってくる。留守を頼んだぞ」
玄関で高徳が言う。
「分かってるわ。家の事と高麗の事は任せておいて」
「うん、行ってらっしゃい。早く帰って来てね」
ルーアンと高麗は並んで高徳を見送っていた。
「分かった。なるべく早く帰るよ。じゃ、行ってくる」
そう言って高麗の頭を撫でて雨の中を歩き出す。
「待って、高徳。これを持っていって。」
そう言ってルーアンは髪留め(髪飾り?)の三角のあれを渡す。
「幸運の御守りよ。幸福を与える慶幸日天の保証付き。だかた、本当に無事に帰って来てね..........」
そう言ってルーアンは軽く高徳と唇を重ねる。
「これも、あなたが無事に帰ってこれるようにおまじない」
「あ、えと.............ありがとう」
少し照れて赤くなりつつ高徳が言う。
別離を惜しみつつ、高徳は兵の集合場所へと向かって行った。
「父さん.................」
遠くなる父の背中を見て涙をこぼす高麗。
「偉かったわね、高麗。ちゃんとお見送り出来たじゃない。あたしとの約束通り、笑顔で................」
そっと高麗を抱きしめて言うルーアン。しかし、そういう彼女もまた涙を流していた。
「母さん............」
「ごめんね。今だけ、泣かせて。そしたら、もう泣かないから................」


旅立ちは突然に

しかし、その時を最後に二人は高徳に二度と会えなくなった。何故なら............

ザアアアアアアアアアアア...........................
高徳が戦に行って一年、戦争は激化の一途をたどっていた。
そんな雨の強いある日、ルーアン達の元に届いたものがあった。
それは高徳の遺髪と遺品。そして見舞金だった。
「うそ....................高徳............」
使いの人間が帰った後、ルーアンは魂が抜けたような表情で座り込んでいた。
「父さん.................」
そんなルーアンの側で、高麗も同じように座っていた。
「馬鹿よね...........幸運の御守りなんて。慶幸日天の保証付きなんて.......結局、あなたを失ってしまうなんて............」
「母さん..........」
自分が高徳に渡した三角のものを握り締めてルーアンが悲しげに呟く。
「高徳..............約束したのに、絶対に帰って来るって............馬鹿。約束破るなんて、最低よ」
「...................」
高麗はルーアンに何と声をかけたらよいか分からず、側でただ座っている事しか出来なかった。
「お願いがあるの、高麗」
「何?母さん」
「しばらく、一人にして貰えない?みっともないとこ、見せたくないから......」
「うん..................」
そう言って高麗は自分の部屋へと行く。
戸を締めるとき、背中でルーアンの噛み殺したような嗚咽を聞きながら。
そして高麗もまた、己の部屋で泣いていた。

次の日、一晩中泣き明かしたのであろう、二人して真っ赤な目をしていた。
「おはよう、母さん」
「おはよう、高麗。ちょっと話があるの。そこに座って頂戴」
「うん、いいけど.............話って?」
ルーアンの正面に居住まいをただして座りながら高麗が聞く。
「高徳のお墓を作ったら、この村を出ようと思うの」
「ええっ!!どうして!?」
高麗に静かにするように言って続けるルーアン。
「このまま村にいたら、いつかきっと高麗まで兵隊に取られてしまうからよ。それに戦火がこの村にまで広がるかも知れないしね。あたしは、もう大切な人を失いたくない。だから、旅に出るの。戦をしていない、どこか平和な国に」
「でも、父さんと前の母さんのお墓、どうするの?村からいなくなったら掃除したりお供えとかお参り出来ないよ?」
高麗の言葉に少し辛そうな顔をするルーアン。
「あたしはね、生きているあなた、高麗を幸せにしないといけないの。それが、慶幸日天であるあたしの本来の務めだから。主を、幸せにするのがあたしの使命だから」
「母さん!!」
ルーアンの言葉に大きな声を出す高麗。
「僕は母さんの事を慶幸日天とか、そういう風に思った事は一度もないよ!母さんは例え人間じゃなくったって僕の母さんなんだ!だから、そんな事言わないでよ!!」
「高麗..............ありがとう。じゃあ、母親として言うわ。あたしはあなたを幸せにしたい。それが高徳に対する何よりの供養になるし、何より今まであなたを育ててきた、あたしの願いでもあるのだから...........」
高麗の言葉に少し涙を浮かべながら言うルーアン。
(慶幸日天のあたしに、そんな事を言ってくれたのはあなたが始めてよ、高麗)
「母さん、泣いてるの?」
「えっ!?や、やぁね、目にごみが入ったのよ。と、とにかく。高徳のお墓が出来たらすぐに村を出るわよ。当座の旅費は、この見舞金と田畑と家を売って作るから」
「うん、分かった。でも、家は残そうよ。いつか、帰って来たときのだめに」
高麗の言葉にはっとするルーアン。
「そうね..........みんなの想い出がつまった家だもの。売るなんてとんでもなかったわね。じゃあ、早く準備を始めるわよ」
「うん!」
高麗とルーアンは急いで、だが簡素ながらも心を込めて高徳の遺髪を美麗の墓の横に埋めて墓を作った。
「高徳、美麗さん。高麗はあたしが、母親として立派に育てて、幸せにしてみせます。だから見守ってて下さいね.............」
「父さん、母さん、お別れだよ。でも、いつか、いつか絶対に帰って来るから。それまで待っててね」
そして田畑を処分し、旅支度を整え、墓のことを親しかった隣人に頼んで二人は旅に出た。
まだ行く当てのない、未来の見えない旅立ちだったけれど。


巣立ち

ルーアン達が旅に出て数週間が経っていた。
長く険しい道程だったが、二人で支え合ってどうにか戦をしていない平和な国まで辿り着く事が出来た。
二人は取り敢えず宿屋に泊り、今後の事の相談をしていた。
「まず、住むところと仕事を捜さないと」
「そうだね.........でも、今日はゆっくり休もうよ、母さん」
「駄目よ、路銀だってもうほとんどないんだから...........」
疲れた足を揉みほぐしながらルーアンが言う。
「じゃ、どうやって捜すの?」
「そうね.............ここの宿屋の人に聞いてみましょうか?何処か働き口はないかどうか」
二人がそうやって話していると、高麗より2、3歳ぐらい年上の、少しおっとりした感じの女中さんがお茶を持って入って来る。
「どうぞ、お客様」
「ああ、ありがとう。ね、ここいらでどっか働くとこってないかしら?」
ルーアンの言葉に女中がきょとん、とする。
「働き口ですか?心当たりは無いこともないですが、どうして働き口を捜してるんですか?」
「実はね..................」
その女中に事のあらましを大体話すルーアン。
「そうだったんですか..........分かりました。旦那さまに聞いてみます。ちょっと待ってて下さい」
そう言って女中は急いで部屋を出ていく。途中、慌てていたために戸に小指をぶつけて
ぴょんぴょんと飛びはねていたが。
「何か、面白い子ね」
「そう?でも、親切な人みたいだよ」
「ふーん?あんたってばああいう子が好みなんだ?」
「べ、別にそんなんじゃないよっ!!」
二人が話している間に宿屋の主人が現われ、ルーアンから詳しく事情を聞く。
さすがに自分が慶幸日天である事までは言わなかったが。
「なるほど.....................いいでしょう。では、明日からこの宿屋で働いて貰いましょう」
結局、ルーアンはこの宿屋で雇ってもらう事が出来た。また、高麗もその宿屋で働く事となった。
そして、それから更に3年の歳月が過ぎた。

「月日が流れるのって、本当に早いわねぇ................あんなに小さかったあんた
が結婚するんだから..............」
感慨深げにルーアンが言う。
そう、今日は高麗の結婚式。相手はこの宿屋の旦那にルーアン達を紹介してくれた女中の、翡翠である。運悪く朝から雨が降っていたが、幸せな二人には関係なかった。
「いつの話だよ。一応、俺も15になったんだよ?それに、そろそろ身を固めたらどうだって言ったのは母さんだろ?」
「そうだけど、あんたもこの宿屋の正規の働き手になるまで待ってて貰ったんでしょ?翡翠に」
翡翠はルーアン達を、特に年下の高麗を何かにつけては世話していた。そしてその二人の間に淡い恋心が芽生え、それが愛に変わるのにはさして時間はかからなかった。
「じゃ、あたしはちょっと翡翠の方を見てくるから」
そう言ってルーアンは高麗の控室から出る。
ピタッ。
途中でふと立ち止まり、ルーアンは高麗に聞く。
「ね、高麗。今、幸せ?」
「え?な、なんだよいきなり........ま、まぁ幸せだよ。好きな人と一緒になれるんだから」
「そ。ならいいの」
そう言ってルーアンは部屋を出る。
「母さん、一体どうしたんだろ?あんな事を聞いて来るなんて..................」
高麗は不思議そうな顔をして首を傾げていた。

「入るわよ、翡翠」
「どうぞ」
ルーアンが翡翠の部屋に入ると、真っ白な花嫁衣装を着た翡翠が立っていた。
「ふーん、馬子にも衣装、ね。似合ってるじゃない。綺麗よ、翡翠」
「ありがとうございます、お母様」
ルーアンの言葉に翡翠が深々と頭を下げる。
「なんか、そのお母様って照れるわね............」
「これからはずっとそう呼ばせていただきますから、早くなれて下さいね」
くすっと笑いながら翡翠が言う。
「なんか、あんたを見てるとあの娘を思い出すわね」
翡翠の笑顔を見てルーアンが呟く。
「あの娘?どなたの事ですか?」
翡翠が心配そうに言う。まさか、高麗の昔の恋人の事かと思ったのだ。
「心配しなくてもいいわよ。あの娘って言うのは、あたしの長年の好敵手の事だから」
「はあ...................」
そんな翡翠の様子にルーアンは少し苦笑する。
「ま、今日はめでたい日だからね。細かい事は気にしないの。で、ちょっと話があるんだけど、いいかしら?」
「はい、何でしょうか?」
ルーアンの真剣な表情に翡翠もまた姿勢を正して言う。
「高麗はね、いつかも話したと思うけど結構苦労してるのよ。だから、あたしはあの子に幸せになって欲しいって思ってるし、あの子の為に頑張って来たつもりよ。でもね、今日からはあなたが、あなたと高麗の二人で幸せになって欲しいの。二人で力を合わせ
て幸せになって欲しいのよ。だから..............高麗の事をどうかよろしくお願いします」
そう言ってルーアンは翡翠に深々と頭を下げる。滅多と頭を下げないルーアンのその行動に翡翠は驚き、困惑していた。
「そんな、顔を上げてください、お母様。分かってますから。絶対、私と高麗さんの二人で幸せになります。だから、お母様もこれからはご自分の幸せを捜して下さい。それが高麗さんと私の望みでもあるのですから...................」
「ありがとう、翡翠。でも..........」
「でも..........?」
翡翠が心配そうにルーアンを見る。
「...ううん、何でもないわ。さ、そろそろ時間だろうし、あたしはこれで失礼するわ」
そう言ってルーアンは部屋から出ようとし、ふと振り返って翡翠に聞く。
「翡翠、今幸せ?」
「はい、幸せです」
笑顔を満面に浮かべて即答する翡翠に優しい笑顔を向け、ルーアンは部屋を出る。
そして、その結婚式を最後に、ルーアンを見たものは一人もいなかったという.......

エピローグ

(そう、あたしはあのあと陽天心を使って遠くの街まで移動して、黒天筒に帰ったのよね。もうあれ以上高麗が幸せになるとは思えなかったし、段々と高徳ににてくるあの子を見てるのが辛かったし.........慶幸日天失格な事、したかしらね.........)
その後の事をルーアンは知らない。しかし、きっと二人は幸せになっただろうと思っている。
「あ、太助さま!!雨が止んでいますよ」
シャオの言葉に顔を上げると先ほどまでの雨が嘘のように晴れてきて、日が射し始めていた。
「ああ、本当だな........良かったな、ルーアン」
「はぁ?」
太助の言葉にぼけた声を出すルーアン。
「晴れて良かったなって、言ってるんだけど。寝呆けてるのか?」
「え?ああ、そういう意味ね................」
それでも少しぼーっとしているルーアンを太助は心配そうに見る。
「どうしたんだ、ルーアン?なんかぼーっとしてるけど........」
「たーさまがあたしの事心配してくれるなんて、ルーアン嬉しー!!」
「だぁぁぁぁぁぁ!!引っ付くなぁ!!」
いきなり抱き着いてきたルーアンを慌てて振りほどこうとする太助。
「試練だ、耐えられよ..............」
「これのどこが試練なんだよ!!」
キリュウの言葉に太助が叫ぶ。
「とにかく、耐えられよ」
そう言ってキリュウは新聞を読み始めた。
ふと目についた記事を読んでみると、そこには昔、中国のとある国に住んでいた夫婦の事が書いてあった。その夫婦はとても仲睦まじく、その地方で幸せな夫婦の代名詞に使われる程であったらしい。
「主殿とシャオ殿がこうなるのは、いつになるのだろうな...........」
ぼそっと呟くキリュウ。
「ルーアンさん、太助様の嫌がることをしてはいけませんわ!!」
「あんた、何気にきついこと言うわね..........でも、離れてあーげない!」
そう言ってルーアンは更に太助を強く抱きしめる。
そしてまた、いつものドタバタが始まる。

(ね、たーさま。あなたにとってあたしは迷惑な存在かも知れない。でもね、あたしにとってあなたはかけがいのない存在なの。だから...............あたしの事を愛してくれなくてもいい、好きにならなくてもいい。ただこうして、側にいさせてくれればいいの。本当は、それだけでいい.........本当に、それだけでいいの、たーさま.......)


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