スランプ

 ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ
 よく晴れた朝、目覚し時計の電子音が鳴り響いた。キリュウは手を伸ばし、スイッチを押す。耳障りな音が途切れ、代わりに小鳥の鳴き声が聞こえてきた。
 朝の苦手な彼女にしては珍しく、その日はやけに寝覚めが良かった。目を開けてベッドの上で伸びをする。
 彼女の頭上には一体どこから仕入れてきたのか、目覚ましの際に発動する一本の日本刀がぶら下がっていた。下手をすれば銃刀法違反の代物である。いくらキリュウでも、いつまでもそんな物がぶら下がっているようなベッドにぐずぐずしているのは気分の良いものではない。すぐにベッドから降り、それから、彼女の声が録音された目覚し時計『声で起こせ』のスイッチを切って、ドアの方へと向かう。だがそこで立ち止まる。
 キリュウは思った。
―――このままで良いのか…。
 そのまま目をつぶる。
考えなくてはならない。しかし、どうしても良い考えが浮かばなかった。
―――駄目だ。
 また考え始める。しかし…。
 キリュウは首を振り、目を開けた。
 一階の方から食器の音がかすかに聞こえてきた。そこでようやく朝食の事を思い出す。
 ドアノブに手を置く。まだ眠かったのでドアにもたれかかるように、全体重をかけて開けようとした。が…。
 がちゃこ。
 いきなり、目の前のドアが開かれた。キリュウは突然の出来事に反応することもできず、廊下の冷たい床に突っ伏した。
「きゃあ、キリュウさん大丈夫ですか!?」
「おい、どうしたんだ?」
 シャオと太助の声が聞こえる。キリュウは床に顔を押し付けたままうめいた。
「……………痛い。」
 その声を聞いて太助が言った。
「…なぁ、何やってたんだ。」
 キリュウが慌てて返事をする。
「い、いや、別に…。それより、主殿たちは何故こんな時間に私の部屋にきたのだ?」
「こんな時間って…。もう七時半過ぎてんだけど…。」
 その言葉を聞いて思わずキリュウは声をあげた。
「なに?」
 起き上がって時計を見ると、確かに時計の針は七時四十五分を少し過ぎたあたりを指していた。確か目を覚ましたのは七時ちょうどだったはずだ。と、いうことは三十分以上考え事をしていたということだろうか。呆然とするキリュウに後ろから太助が声をかける。
「もうみんな食べ始めてるからな。早くこいよ。」
「ああ…。」
 はっと我に返り、慌てて二人の後を追う。途中でシャオに声をかけられた。
「キリュウさん、大丈夫ですか?」
 心配そうな顔で訊くシャオにキリュウは笑顔で答えた。
「ああ、大丈夫だ。シャオ殿。」
 下へ降りていくと、すでに那奈とルーアンは朝食を食べ終えていた。那奈がキリュウに気づいた。
「おっ、起きたか。おはよう。」
 キリュウも挨拶を返す。
「おはよう、那奈殿。」
 そこでルーアンがキリュウの様子に気づいた。
「…ねぇ、キリュウ。何か顔が赤くない?」
「む、そうか?」
 洗面所へ行って鏡を見てみると、確かに額と鼻のあたりが赤い。先程ぶつけたせいだ。
まだ少し額がヒリヒリする。
 そこへ太助が学校へ行く準備をするためにやって来た。キリュウは脇へよける。太助が言った。
「キリュウ、大丈夫か?思いっきりぶってたみたいだけど…。」
「大丈夫だ。心配かけてすまない。」キリュウが返事をすると太助が笑って言った。
「しかし、珍しいよな。キリュウがコケるなんて。」それを聞いてキリュウの顔が赤くなった。
「す、すまない。」
「いや、別に謝るような事じゃないような気が…。それより早く食べないとそろそろ出かけるぞ。」言われてはっとするキリュウ。
「はっ!しまった!」
 そう叫ぶなりキリュウは駆け出し…、大音響と共に壁に激突するのだった。

 その日はよく晴れており、学校への通学路は登校する生徒達でにぎわっていた。太助達も雑談をしながら学校へ向かっていたが、キリュウはボーっとした様子で会話に加わろうとしなかった。だが、彼女は普段からこんな感じであり、特に気にかけるものはいなかった。
 しかし、時間がたち昼休みがやってきてもその様子は変わらなかった。さすがにシャオはキリュウの様子が少しおかしいことに気づいていた。
「キリュウさん。」
「ん…?」シャオに呼ばれ、キリュウは顔を上げた。
「大丈夫ですか。何だか元気がないみたいですけど…。」
「あ、ああ。別に何ともない。」
 そうは言うもののやはりどことなく元気がないが、とりあえずシャオは引き下がった。
 だが、そのまま放っても置けない。シャオはルーアンのところへ相談に行った。
 ルーアンは職員室で大量の仕事を任され、涙目になっていた。
「あ〜ん、もう!何であたしがこんな事しなきゃなんないのよ!ぐすぐす…。」
「ルーアンさん。」
 シャオが声をかけると、ルーアンは顔を上げた。
「シャオリン!何か用!?あたしは今忙しいの!」ルーアンはギロッと上目遣いにシャオのほうを見た。
「あ。ちょっと相談したいことが…。」
「相談〜?な〜によ。さっさとしてよね。」
 ルーアンはいかにも不機嫌そうだが、シャオは気にとめる様子もなく言った。
「キリュウさんの様子が何だかおかしいような気がするんですけど…。気のせいでしょうか…?」
 それを聞いたルーアンはピクリと眉を上げた。
「…キリュウが?」
 シャオがうなずく。「はい深刻そうに考え事をしているみたいで、何だか元気がないんです。」
 ルーアンは腕を組んだ。
「う〜ん。確かにそういわれてみれば今日はキリュウとは話をしてないわね。やけにボーっとしてたみたいだし…。何かあったのかしら…。」
「ルーアンさん、何とかならないでしょうか。」
 ルーアンはシャオの顔を見た。それから、目の前の書類の山に目をやり、にやりと笑う。
「フフフ…。いいわ。あたしに任せなさい!」
 ルーアンの頼もしい言葉にシャオは顔を輝かせた。
「本当ですか、ルーアンさん!」
―――かかった!
 ほくそ笑むルーアン。
「ただし、条件があるわ!」そう言ってルーアンは机の上にある書類の山をビシッと指差した。「この書類を私の代わりに全部やっておいてちょうだい!」
 いわゆる交換条件というやつである。キリュウのためならしょうがない。シャオはその殺人的な書類の山を引き受けようとした。しかし…。
 ポンポン。
 誰かルーアンの肩を叩く者がある。ルーアンは振り返った。
 そこには、四、五人の教師達が凄みのある表情で立っていた。その表情に圧倒されつつ、ルーアンは言った。
「あら。な、何か用かしら…?」ルーアンが尋ねると、教師の一人がおもむろに口を開き、一気にまくし立てた。
「“何か用?”じゃないでしょう!一か月分の仕事をため込んだ上に、その仕事を自分の生徒に押し付けようとは!あなたは教師としての自覚はあるんですか!?」
「だ、だって…。」
「だってもくそもありません!今日中にこの仕事を終えてください!一人で!」
 当然抵抗するルーアン。だが、教師達に取り押さえられ、無理やり机に座らせられた。
 暴れるルーアンを尻目に若い先生がシャオに言う。
「ほら、君はもう用事は済んだだろう。もう教室に戻りなさい。」
「え。で、でも…。」
「いいから。」と促され、仕方なくシャオはルーアンの叫び声の響き渡る職員室を後にするのだった。

 その夜、すでに誰もいない道を歩く者がいた。ルーアンだ。
 彼女は結局すべての仕事を片付けるために夜遅くまで残らされ、今ようやく七梨家へと帰って来ることができたのだった。
「うぐぐ〜。な、何であたしがこんな目に…。」
 フラフラと歩き、目はうつろ。だが、大量の書類を片付けたことは尊敬に値するであろう。ルーアンは七梨家の玄関まで辿り着いた時、屋根の上に一つの人影を認めた。そちらを見る。よくは見えないが、キリュウだという事がわかった。
 ルーアンは、昼間シャオに言われたことを思い出した。
「キリュウ!」
 ルーアンが呼びかけると、キリュウが下を見た。
「ちょっと降りてきなさい!」
 キリュウは何故ルーアンが自分を呼ぶのか疑問を持ったものの、皆を起こしてはいけないと思い、おとなしく地面に降り立った。
「なんだ、ルーアン殿。大きな声を出すと皆が起きるではないか。」
「いいから聞きなさい。」ルーアンは言葉を継いだ。「あんた悩んでる事があるでしょ。」
「…………何故。」ぶっきらぼうにキリュウが言う。
「だってあんた、今日はやけにボケーっとしてたじゃない。さすがにシャオリン程じゃないけど。誰だって気になるわよ。」
「そうか…。」と、言いつつやはりボーっとするキリュウにルーアンは言った。
「話してみなさいよ。あたしだって聞いてやるぐらいはできるんだからね。」
 キリュウはしばらく沈黙していたものの、やがて口を開いた。
「…良い試練が思い浮かばないのだ…。」
「はぁ?」ルーアンは素っ頓狂な声を上げた。無理もない。試練を与える精霊が試練のアイデアを思いつかないと言うのだから。
 キリュウは言った。
「主殿はシャオ殿をその宿命から解き放とうと必死になっている。主殿がそうできるよう
にするためには一体どんな試練を与えればよいのか…。私は今までそのことを考えていた。
だが、どうしても良い考えが浮かばない…。私にはただ試練を与えていけば良いとは思えない。でも、駄目なんだ…。」
 キリュウはうつむいた。
「私は自信が無い…。」
 そして黙り込むキリュウ。
 そんなキリュウを見ていたルーアンは溜息をついた。
「やれやれだわ。」
「………何?」
 ルーアンはさらに言った。
「だってそうでしょう。目的に向かって進んでいくのはたー様よ。あんたじゃないわ。あんたはそんな風に悩まなくたって、自分のやりたいようにやればいいのよ。」
「自分の…やりたいように…?」呟くキリュウ。
「そう。あんたはたー様の手助けをしてくれればいい。最後にはたー様が自分で何とかするわ。あんたはただ、たー様を後押ししてあげればいいのよ。」
「………。」
「別にわざわざ難しい試練なんかやんなくったってさ、普通通りにやれば、きっといつかそれが役に立つときが来るんじゃないかしら。」
 そう言ってにこっとルーアンは笑った。
 キリュウはルーアンを見つめた。その表情からは呆けた様子は無くなっていた。
「……ありがとうルーアン殿。」
「お礼ならシャオリンに言いなさい。あの子があたしに相談してきたのよ。」
「シャオ殿が…。」
「そうよ。」
 すると、キリュウは微笑んだ。
「何よ。」ルーアンが言った。
「いやルーアン殿がシャオ殿に言われて動くとは、と思って…。」
 その言葉にルーアンはピクリッとなった。
「ま、まあ…ね。あたしだってたまには…さ。それにあんたがやる気を出せば、あたしにも利益があることだし。」
「利益?」
 キリュウが尋ねると、ルーアンはガッツポーズを取った。
「そうよ!言っちゃ悪いけどたー様は優柔不断な性格だし、あんたの試練を受けることで少しでもその性格が直れば、あたしが愛の告白を受ける日も近いかも!?いやぁーん、ルーアンったらなんって幸せ者かしら!」
「いや、それは違うような気が…。」
「あん?何か言った!?」
「い、いや、別に…。」
 キリュウは慌てて言った。ルーアンはジト目でキリュウを見ていたが、やがて諦めたように言った。
「ふん。まぁいいわ。あたしは寝るから。もう疲れちゃって…。じゃ、おやすみ。」
「ああ、おやすみ。」
 そしてルーアンは家に入っていった。
 キリュウは扉の閉まる音を聞きながら、一人呟いた。
「ありがとう…。ルーアン殿。」

 翌日、鶴が丘中学校の昼休み、キリュウは壁際に一人佇んでいた。彼女の視線の先には楽しそうに談笑する太助とシャオの姿があった。
―――自分のやりたいように…。
 彼女にできること。自分の主のためにできること。
 キリュウは自分がやるべきことを、ようやく思い出すことができた。
 太助のために、そしてシャオのために彼女にできることは一つだけ。だからこそ、キリュウは二人のためにできるだけのことをやろうと思った。

 そう、太助のために。
―――太助が守護月天の宿命を打ち破れるように……。

終わり


後書き
初の月天小説です。そして、変な話です。なんか、原作のパクリ入ってるし…。
この話と原作を加算するとキリュウは三度悩んだことになります(爆)
いいんだろうか…。
ご意見ご感想お待ちしております。

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