「遠い日のルーアン」


プロローグ


それはまだ、ルーアンとシャオが太助よりも数代前の主に仕えていた頃のお話。

「ルーアン........今まで儂に良く仕えてくれて、ありがとう。言葉にできぬほど感謝しておる.........」
寝台に横たわったかなり高齢の老人が穏やかにルーアンに礼を言う。
「主様.......」
そっと老人の手を取りルーアンは目を涙で一杯にする。
「泣くでない、ルーアン。いつものお主はどこへ行った?いつも騒動を起こしてはあっけらかんとしておったお主は」
「もう、主様の意地悪。あたしは主様を幸せにするためにして来たんですのよ?」
ルーアンは軽く微笑むものの、やはり少し無理があった。
「慶幸日天のつとめ、主を幸せにするのがお主のつとめじゃったな。ルーアンよ、儂は今までお主につくしてもらってとても幸せじゃったよ。時折、困った事もあったがの」
今までの騒動を思い出したのか老人が苦笑する。
「それも今となっては懐かしく、楽しい想い出じゃ」
「主様........これからだって幸せにして差し上げますわ。だから、早く良くなって下さいましね」
老人の手をぎゅっとルーアンは握り締める。
「ルーアンよ、儂ももう年じゃ。天からお迎えが来ておるのじゃよ。こうして天寿を全う出来るのもお主のおかげじゃな。ありがとう、ルーアン」
「主様...........」
「ルーアン、少し話し疲れた。すまぬが少し休ませてくれぬか」
「はい。それではおやすみなさい、主様」
そっと布団を掛け直し、ルーアンは静かに部屋を出る。
ルーアンが部屋の前から去ったのを音で確認して老人は呟く。
「天寿を全うでき、孫達の顔も見れて、儂は確かに幸せじゃった。じゃが、老いて死ぬよりは、戦場で.....死にた.....かっ.....たの」
そうして老人はまぶたを閉じ、二度と目覚める事のない眠りについた。
しかし、その顔はとても安らいでおり、幸せに満ちていたという。



葬儀

「主様が亡くなった!?」
主治医からの報告をうけたルーアンは呆然と立ち尽くした。
「はい。私が定時の診察にお部屋をうかがったときにはすでに.............」
「そう、主様、死んじゃったんだ.........」
まだ信じられない、という顔で呟くルーアン。
「とても安らいだ、穏やかなお顔をしてらっしゃいましたよ」
「...........」
黙り込んでしまったルーアンをそっとしておこうと、主治医はルーアンの部屋をドアの所で一礼して、立ち去った。
「主様、かねてからの願い通り、葬儀はパーっと派手にいたしますわよ」
ルーアンはぼそっと呟くと準備のために部屋の外へでていった。

「ルーアン殿が葬儀を仕切る!?」
その場にいた家臣一同が驚きの声をあげる。
「ええ、そうよ。主様から生前頼まれてたの。もし、自分が死んだら葬儀はお前が仕切ってくれって。湿っぽいのは嫌だからパァーッとにぎやかにして欲しいっておっしゃってらしたわよ」
「た、確かに殿ならばそうおっしゃりますな.........」
その国一と言われた豪傑であり、豪快さでも知られる武将の言葉らしいといえばらしい言葉である。
「だから、さ。主様の葬儀はぱーっと派手にやるわよーっ!」
ごちそう、お酒、その他諸々の手配をするため、ルーアンは厨房に指示を出しに行く。
一方、残された家臣達は。
「ど、どうする?いくら殿の遺言とはいえ、ルーアン殿に仕切らせるのは.....」
「だが、逆らうと怖いし......」
「仕方あるまい。ルーアン殿が気の回らぬ所を我々で補うしかないであろう」
「そうだな」
その一言で方針が固まり、家臣達はそれぞれ葬儀の儀式用の祭壇、死去の報を知らせる早馬など出し、ルーアンの補佐に入った。

ルーアンの主死去、の報せは隣国の武将に仕えていたシャオリンの元へも届いていた。
「御主人様、ルーアンさんの仕えてらした方が亡くなられたそうです」
ルーアンの主同様寝台に横たわっていた老人が苦笑する。
「奴め、儂より先に逝きおったか。儂との決着もつけんと、卑怯者め...ごほっごほっ」
起き上がりかけた老人がせき込む。
「大丈夫ですか!?御主人様!」
慌ててシャオは老人の背を支え、優しくさする。
「なぁに、大丈夫じゃよ。それよりもシャオリン。頼みがある。儂の代理で奴の弔問に行ってはくれぬか?」
少し表情を曇らせ、シャオは答える。
「御主人様のお側を離れる訳には.......」
シャオの答えを予想していた老人は苦笑する。
「その主である儂の、たっての願いを聞いてはくれぬか?もうこのような老いぼれの命を狙うような輩もおるまい。老い先短い、この爺の願いを聞いてはくれぬか、シャオリンよ」
しばらく沈黙した後、シャオは軽く頷いて了承の意を返した。

ルーアンの主の葬儀中、一通りの儀式を終え宴会モードに入ったルーアンは飲めや歌とついでに食べろの大騒ぎを率先してやっていた。
「ほらそこっ!!もっと飲みなさいってば。明るくみんなで騒いで主様をお送りするのよ!」
「は、はいぃぃっ!」
陽天心のかけられた徳利とおちょこが無理やりにでもお酒を飲ませる。
そのとき、ルーアンの元に隣国の武将の代理としてシャオが弔問に来たとの報せが入った。
「シャオリンが?」
「はい。いかがいたしましょうか?」
「そうね......せっかく、主様の弔問に来た客を門前払いなんかしたら、主様の名に傷がつきかねないわね。いいわ、こっちに来てもらいなさい。あ、それと。くれぐれも危害を加えないこと。いくら戦争をしたことのある国の人間とはいえ、弔問客を傷付けるなんて真似したら完璧に主様の名に傷がつくから」
死んだ後、主の名声を守る。それもまたルーアンが主の最後までの幸せの為に行う事であるのだ。
「はい、心得ました」
しばらくし、シャオが案内されてくる。
「ルーアンさん、この度は.....」
「あーはいはい、型通りの堅苦しい挨拶はいいから、あんたもこっちにいらっしゃい」
シャオの挨拶をさえぎり、宴会の間へと案内する。
「ルーアンさん、この騒ぎはいったい......?」
唖然としたシャオが尋ねる。
「主様の遺言でね。自分の葬式は派手にしてくれって。湿っぽいのは嫌いだから」
「そうなんですか.....だから御主人様はあれを持っていけとおっしゃったんですね」
「何か持ってきたの?シャオリン」
そのとき、料理と酒の追加が運ばれてくる。
「シャオリンさまの主殿からの差入だそうです」
「あんたんとこの主様も、気が利くじゃない。遠慮なく頂くわね」
「はい、どうぞ」
にっこりと微笑んでシャオはルーアンに答えた。



宿命

シャオは最初、すぐに帰ろうとしたがルーアンに
「あんたも一緒に騒いでうちの主様を送ってあげてよ」
の一言でもうしばらくいることになった。
宴もたけなわ、となった頃ルーアンがそっと部屋を出るのを見たシャオはルーアンの後をなぜかつけていった。
宴会の間から離れた所にある池のほとりに腰掛け、ルーアンは空を見ていた。
「シャオリン、いるんでしょ?出てきなさいよ」
池の側には木が数本生えており、シャオはその陰からでてきた。
「すいません、ルーアンさん。別に隠れて覗くつもりじゃなかったんです。ただ、何だか出ていき辛くって.......」
「いいわよ、気にしてないから。でもね、シャオリン。主様の弔問客だから丁重に扱うよういってあるけど、あんまりうろつくのは辞めた方がいいわよ」
「あ、はい。すいませんでした。あの.....隣、座ってもよろしいですか?」
「いーわよ」
ちらっとシャオの方を見てルーアンは頷く。
失礼します、と言ってルーアンの横に腰掛ける。
ルーアンは持ってきていた徳利から一杯つぐと
「あんたもどう?さっきから一杯も飲んでないようだけど」
「いえ、遠慮致しますわ」
「別にいいけど、あんまり断る続けるのも礼儀に反するんじゃない?」
珍しくルーアンがまともっぽい事を言う。
「すみません、でも酔ったりしたら役目が果たせなくなりますから」
シャオの答えにあ、そと言いルーアンは自分で飲む。
「あの、ルーアンさん。少し聞いてもいいですか?」
おずおずとシャオが切り出す。
「ん?何よ」
「ルーアンさんは、主様が亡くなられても悲しくないんですか?」
しばらくの沈黙の後、ルーアンが呟く。
「そう、見える?」
「えと、その.....主様が亡くなられたのに宴会開いて楽しそうにしてらっしゃるから、少しそう見えたんです」
ルーアンは厳しい目でシャオをきっと睨み付け。
「長年仕えてきた主様が死んだのよ!!悲しくないわけ、ない.....じゃない」
ルーアンの声は涙声になっていた。そしてその事がルーアンも主の死を深く悲しんでいることを示していた。
「ご、ごめんなさい!そうですよね、悲しくないわけ、ないですよね。ごめんなさい、ルーアンさん。失礼な事を言ってしまって」
とてもすまなそうに、悲し気に言うシャオを見てルーアンは
「.....大きな声出して、悪かったわね」
「いえ、いいんです。ルーアンさんの気持ち、私も良く分かりますから......」
シャオの一言にルーアンの眉がきりりと跳上がる。
「あんたに、あんたに何が分かるって言うのよ!!長年仕えてきた主様が死んだ悲しみをあんた.....なんかに......」
ルーアンの声は段々と尻すぼみになっていった。
シャオが大粒の涙をこぼし始めたから。
「わか......ります。私だって、今までに何度も..........」
言葉の後半は聞き取れなかったがルーアンははっとする。
「そうよね......あんたは、あんたは分かるわよね。あんたも私と同じ宿命にあるのだから.............」
主を不幸から守る守護月天、主に幸せを授ける慶幸日天。つとめこそ違えどいつかは必ずくる「死」という逃れられない別れの宿命を、二人は背負っているのである。
「ごめんなさい、シャオリン。ちょっと言い過ぎたわ」
「ルーアン.......さん?」
珍しく素直に謝るルーアンを驚いたようにシャオは見つめる。
「な、何よ?私が素直に謝るのがそんなに変?」
どこか照れたようにルーアンはそっぽを向く。
「いえ、そんな事ないですわ」
にっこりと笑ってシャオが言う。
「でも.......」
「でも、何よ?」
「ルーアンさんとこうして話すのって初めてですよね」
ほほえみを浮かべたままシャオがルーアンに言う。
一瞬、目をぱちくりとさせてルーアンは苦笑する。
「そういえば、そうよね。今まであんたとはいっつも敵対する主様に仕えてきたから、こうやって話すのははじめてよね」
「ええ、そうですわ」
志、目指す理想の違いから、敵対する事になったと言えども、心の清い主に仕えてきた二人。しかし今までに敵対しない主に仕えて来た事はこのときはまだないのである。
長い付き合いになると言えばなるのに、まともに話したのはこれが初めてという事でしばらく二人は笑っていた。



眠り

「ルーアンさんは、これからどうなさるんですか?」
笑いが収まって、シャオが尋ねる。
「黒天筒に戻るわよ、もちろん」
お酒をくいっと飲んで答える
「本当はこの時代最後のお酒をここで楽しく飲んで帰ろうと思ってたのに、あんたのせいで湿っぽくなっちゃったじゃない」
「ご、ごめんなさい、ルーアンさん」
一生懸命謝るシャオをルーアンは少し優しい目で見て、少し羨ましそうに呟く。
「でも、シャオリンはいいわね。主様が死んで支天輪に戻っても、星神達がなぐさめてくれるから。私は黒天筒に帰ったら一人ぼっちだもの」
「ルーアンさん.........」
確かに、シャオは役目を終えて支天輪に戻ったとき、星神みんなで元気づけようとしてくれる。しかしルーアンは黒天筒に戻っても一人ぼっちなのである。
悲しそうな、すまなさそうな目で自分を見つめるシャオに気づき、ルーアンは苦笑して言う。
「そんな顔すんじゃないの。私は湿っぽいの嫌いなんだから」
「あ、はい。すみません、ルーアンさん」
(すぐ、そうやって謝るんだから)
と、心の中で呟き、ルーアンはおちょこに酒をつぐ。
「シャオリン、一杯だけ付き合いなさい。それで許したげるから」
「え、でも........」
「私のついだ酒が飲めないっていうの?」
酔った親父のような台詞を言うルーアン。
「わかりました、じゃあ一杯だけ頂きますね」
意を決してお酒をぐいっと一気に飲む。
途端にシャオの顔が真っ赤になる。
「あははははっ、顔が真っ赤よ、シャオリン」
「えうー、顔が熱いですぅ」
両ほほをおさえてシャオが呟く。
「一杯だけなんだし、すぐに冷めるでしょ。さて、と」
ルーアンは立ち上がって大きくのびをする。
「ルーアンさん?」
シャオも立ち上がろうとするが初めての酒にフラフラして木にもたれ掛かってしまう。
「そろそろ私、黒天筒に戻るわ。あ、シャオリン。一つお願いがあるんだけど」
「ふぁい、なんですかぁ?」
ほにゃらっとした声で答えるシャオ。
自分で飲ませといてなんだが、これは失敗だったなとルーアンは少し後悔した。
「私が黒天筒に戻ったら、あんたの主様の宝物庫に黒天筒を入れておいてくれないかしら?しばらくゆっくり休みたいから」
「はい、分かりましたわ、ルーアンさん」
酔いが冷めてきたのかしっかりとした口調シャオが答える。
「それじゃ、お願いね。あ、それと......」
「それと、何ですか?」
「あんたと話せて、少し嬉しかったわよ。じゃ、またね」
少し照れた様にそういうとルーアンはそそくさと黒天筒に戻っていった。
「ルーアンさん、私もとっっても嬉しかったですわ。次に御会いするときは、戦わないですむといいですね.........」
黒天筒を拾い上げると支天輪から軒轅を呼び出す。
「来々、軒轅」
軒轅にふわっと乗ると、自分の主の館を目指してシャオは帰って行った。
ルーアンの主の屋敷の中から出ていってしまうあたり、まだ酔いが残っているらしい。
シャオは館へつくと黒天筒を丁寧に包装し、大切に宝物庫に直した。
「いつかまた、次の心清き主様に出会える日まで、おやすみなさい、ルーアンさん」


エピローグ

この時から数星霜、シャオの願いはかなえられた。七梨太助という心清く優しい少年が前代未聞の日天月天同主となり、初めてシャオとルーアンが敵味方に分かれて戦う事がなくなったのだから。

「私はとっても嬉しいですわ。だってルーアンさんと戦わなくていいんですもの」


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